平成25年度 合格者達の声


直接指導塾後半戦通信添削講座(参加No.1002),ユープラ(参加No.002)
Rさんの声(兵庫県)

【1.ウラ指導の指導内容で合格に役立ったこと】
直接塾では過去問等を通して、まずどのようにして試験元(出題者側)と向き合って行かなくてはいけないかという勉強から始まりました
・試験元が出してくる試験特有の言い回しや言葉の意味をどう解釈すればいいのかとい う事を学べました
・次にウラ指導の考え方でエスキスを進めることで頭を使わないで機械的に進める作業、考えるべき作業等を明確に分けることで今なにをするべきか、、、というのを考えて進めることで自分のエスキスでのクセや時間のかかる弱点などを見つけることでき、自分なりにエスキスを進める中で必要な時間を見つけれる事ができ、回数を重ねる度にかかる時間が安定するように感じました
・大きく分けて、この「相手を知る」、「自分を知る」という2つの事が合格に役立ったと感じています

【2.学習方法で工夫したことや力を入れて勉強したこと】
・工夫したことは、確保できる勉強時間に応じてできる勉強をしていました。まとまった時間がとれる日は、エスキスを通して実施したり、少ない時間の時は、過去問のたて読みやウラ指導の模範解答例を倍コマ、コマプランに落としてフリーハンドで書いたり、断面図をどれだけ早く書けるかなどもしてました。
・各課題を通して自分のプランが多数派、少数派どちらなのかというのもウラ指導では他の受講生のプランを見れるので自分なりに検証していました。
・直接塾ではプランを自分で見るだけではなく同じ塾生同士で違うプランを見せ合い受験生どうし、お互いがどのように考えたかという思考プロセスを聞けたことがとても良い勉強になりました

【3.合格できなかった年に比べて心構えや当日の心境などで変わった点はありましたか?】
・まず一番大きな違いは全く緊張しなかったことです。これまではエスキス段階で手が震えたり、ちょっとしたミスでパニックになり(あれもしないといけないこれもしないといけない)と我を失ったまま試験を進めてしまいました。今年は試験官の人数やメガネをかけている試験官がいたのを覚えていたり自分の周りの席にはどんな人達が座っていたか覚えていて周りを見渡せる位気持ちに余裕がありました。
・今年は角番という事もあり後が無かったのですが製図試験を受ける何週間か前から合格したらユープラ検証会でどんな話をしようかと考えていました。

【4.その他,後進の受験生たちへのアドバイスなど自由にお書きください.】
二級建築士を取得後実務経験を経て平成23年に学科試験に挑戦しました。その頃、学科試験も通ってないのに試験勉強期間中に立ち寄った本屋さんで製図試験の参考書を探していて、他にあった何冊かの本も開いてみたのですが何か惹かれず色々探してたところウラ指導の本を手にしたのがウラ指導との出会いでした。他の参考書にはない何かを感じ学科が通る前から購入してしまいました。無事学科が通り製図試験を始めたのですが初めての製図勉強というのもあり資格学校の課題をこなすので精いっぱいで、ウラ指導の本を参考にする余裕が全然ありませんでした。初受験では終始、緊張の連続で全然余裕はありませんでした。
結果はランク2不合格
この時、「何かへんだな」と違和感を感じました。柱以外は全てフリーハンド作図で設備計画ボロボロ(空調計画条件無視)、駐車場計画ダメ、寸法ミスに気付き断面図のGLラインに×をし書き直し、階段寸法足りてない談話室無し等、ミスのオンパレードだったのです。正直初受験でもここまでミスを重ねたら不合格だろうとは考えていました。しかし届いた通知には不合格ランク2だったのです。
なんでランク4じゃないんだ???
これが製図試験に疑問を抱いたきっかけでした。資格学校での製図勉強を思い出すと線の練習から始まって途中位からほとんど一人で机に向かってエスキスを行い、作図、(受験仲間たちと)見せ合い、エスキス、作図、見せ合い、エスキス、作図、見せ合い、、、、、
この繰り返し。先に解いた課題内容を見直ししたこともなく、「今回はだめだった。今回は上手くはまった。」等やりっぱなしの勉強方法に馴染めなくなり、切り口の違うウラ指導の勉強方法をマスターしたいという気持ちがありました。
24年はウラ指導一本で決めていたのですが願書提出期間を間違えてしまい24年は未受験。
25年は絶対にウラ指導で勉強すると決めホームページを見ると直接塾大阪第一期募集とあったので迷わず応募しました。
ユープラ検証会にも参加し、先生達の話を聞いてなぜ23年のランクが4ではなく2だったのかというのが何となくわかりました(どういう場合にランク4になるか、その理由等)